突然のメールで失礼します


 私は千葉に住んでいるC型肝炎患者でインターフェロンが無効だった者です。このことは3月までは「もはや治療方法はありません」と同義でした。インターフェロンの6ヶ月という投与制限が解除され、私たちにも治る希望が出てきたところです。

 さて、何はともあれおめでとうございます。そして、ありがとうございます。C肝患者はおとなしいから、肝炎対策は進まないのだと、役人のホンネが漏れ聞こえてきます。HIVの河田さんのように実名で声をあげなければ、世論を後ろ盾にした改革は進まない。本当のところはここらにあるのかな、と患者自身も気づいてはいましたが、やはり偏見・差別がこわくて誰も声をあげれなかった、ということも本当でしょう。

 河野さんが公表して下さった。これはとても心強いことです。少なくとも、肝臓=酒、のような知識しかない人は恥ずかしい思いをするでしょう。それだけでも大きな進歩です。そうやって、国民全体の常識を変えていかないと、行政も動きにくいでしょうし肝炎対策は進まないと思います。河野さん、とにかく長生きなさってください。それだけでC肝患者はどれだけ勇気付けられることか。

2002年4月19日 Y・Hさん

 こんにちは、初めてホームページを見させていただきました。


 河野洋平さん、太郎さん、順調な回復、おめでとうございます。私の母も、河野さんと同じ、C型肝炎です。現在は、1日おきの注射通院、定期検査を受けています。若かりし日に事故にあい、その時の輸血が原因で、肝炎になってしまいました。親戚の伯父もまた同じ病気です。母は、“何で、こんな病気になってしまったんだろう”と、いつも悔やんでいます。

 言ってみれば、これは、医療ミス以外何物でも無いと思います。国はこのあやまちを認めて、医療費を全額負担して下さい。不景気でも、明るく、頑張っている母、救われる世の中にして下さい。この病気で苦しんでいる人々が、前向きに、明るい笑顔が増える世の中になれる様、御尽力下さい。河野さん、太郎さん、よろしくお願いします。 そして、お体を大切に。

2002年6月21日 A・Nさん

 納得できません。


 まずは生体肝移植手術のご成功、おめでとうございます。私は福岡に住んでいる36歳の主婦です。17歳の時、ノンAノンB肝炎と診断されました。31歳の時、体調不良が続き病院で精密検査をしたところ、初めて自分の病名が“C型肝炎”であることがわかりました。6ヶ月間のインターフェロン治療の後、何とかウィルスは消え、現在にいたっております。

 当時、感染の原因が、「幼い頃の予防注射(まわし打ちだったのをしっかり記憶しています)の可能性が高い」と担当の医師から聞き、とてもショックを受けました。勿論、国や自治体等が助けてくれることを期待し、医師や関連書等で調べお願いしてみましたが、結果は全て「NO!!」でした。今頃になってマスコミや世間で「C型肝炎患者の保護を!!」と騒がれているのに納得できません。過去の患者だって同じ患者なのです。また、「B型肝炎は性行為でも感染し、今後も感染が拡大する恐れがあるのでワクチンがあります。しかし、C型肝炎は今後はなくなっていく病気なので、莫大な費用のかかるワクチンの開発研究はされていません」と言う説明も受けました。

 一体、どうなっているのですか?
 何故、命を守るべき予防注射で恐ろしい病気に感染しなければならないのでしょう?
 何故、数年前は無視されていた病気が今頃になって騒がれるのでしょう?
 何故、感染の拡大があるのならもっと早くに予防が行われなかったのでしょう?
 そして、今の感染者と過去の感染者の差別も行われてはならないと思います。
 どうか、私を納得させてください。

2002年7月3日 Sさん

 C型肝炎という人災について


 お加減いかかでいらっしゃいますか。私もC型肝炎患者です。河野さんの治療について、今回の治療は大変勇気を必要とするものであって、太郎さんの行動を尊敬いたしますが、報道の親子愛的な取り扱いしかしなかった有り様について、マスメデアのありかたとして大変疑問を感じました。

 フィブリノーゲン問題が発覚して、もはやC型肝炎は特定の血友病患者の問題ではなくなりました。これは過去の医療行政の重大な失政によって起きた公務員と政治家による人災なのです。フィブリノーゲンのみならず過去より予防接種の不衛生なありようがWHOから勧告されておりこの問題にまで遡って問われるべきです。

 政治行政はこのような状況があきらかとなっても、患者が既に数百万人いる現状にありながらも検査無料というお茶をにごしたことしかいわず肝心要の治療については具体的な救済策を行っていないことは一体どういうことなのでしょうか。また社会的な差別問題に関しても全く無策です。失業問題とも無関係ではありません。
 河野さんは政治家として患者として、この問題にどう取り組んで行くのでしょうか。

2002年5月2日 K・Yさん

 どうぞお元気になられますように。


 大手術を受けられた河野氏のご決断と勇気に尊敬いたします。そうしてまた、肝移植を受けられる状況におられる事を羨ましくも思っております。私自身、C型慢性肝炎に罹患して10年になります。ウィルスタイプは1の治癒しずらいタイプでIFN治療も効果はあげられませんでした。この先病状が悪化し肝硬変になった時、あなたのような治療が受けられるだろうか、と不安に思うと同時に、それは無理な事であると思っています。たとえ、ドナーが見つかったとしても、肝移植するほどの経済力があるとも思えません。

 今まで東京都で施行されていた慢性肝炎に対する難病指定が今年の9月一杯で対象外となります。IFN治療や、慢性肝炎による治療(強ミノの投与等)が東京都の財政を圧迫している事は重々承知しております。しかし、先般私の元に届いた難病指定解除の通知の中にはこう記されておりました。「難病とは患者数が少なく、原因不明で、治療法がなく、長期に渡って生活の支障がある」確かに私がIFNの治療を受けた当時よりもリバビリンの登場により、治癒率は高くなったのは確かです。

 しかし、そのリバビリンを使用してもタイプ1の治癒率は5割そこそこです。そしてその間の副作用の強さは、時には治療を断念しなければならない程です。そして治癒しなければ、トランスアミナーゼの安定の為、週に数回通院し強ミノの投与をする。こうした事柄は、治療方法の確立・生活の安定に繋がるものなのでしょうか?低空飛行でトランスアミナーゼを強ミノの静脈注射によって安定させるために、どれだけ生活に支障をきたしているかは明白であると思われます。

 患者数は薬害とも絡み、増えているのが実情です。慢性肝炎の難病指定は各自治体に拠るものでした。しかし、この病気は国レベルの問題であると思います。C肝である、と発覚しただけで、職場での湯のみを紙コップにされた方を存じております。冬に鍋をつつく時、私は姑に私一人分の違う鍋にされた経験があります。C肝炎であるという事は回りの無理解による精神的苦痛も決して少なくはありません。

 河野さん、本当に私はあなたの手術の成功をお祈りしております。そして元気になられ仕事に力注げる時が来たならば、こうした問題に是非取り組んで頂きたいと切に望んでおります。政治家にとって病気である事を公にする事は一般人のそれよりも神経質にならざる得ないのではないか、と推察いたします。肝硬変という大病を公にした、勇気あるあなたであるからこそ私はあなたにこのメールを差し上げました。再び、お元気な顔で仕事に邁進される事、お祈りしております。

2002年4月21日 M・Yさん

 医療改革


 はじめまして 私、広島市に住むAと申します。この度の「生体肝移植」のニュースを聞き、それが私が尊敬する政治家の一人である河野洋平議員であることに大変驚き、同時に大変失礼とは思いつつ「よき理解者」の存在に心強くもなりました。

 私も昭和63年20台の半ばでB型肝炎を発症し15年になろうとしております。一昨年の夏、検査で1cmほどの「肝腫瘍」が見つかりました。1ヶ月半の入院でその1cmの腫瘍は根治したのですが昨年秋再発、今回は治療しにくい状態にあり根治に2ヶ月かかり年末にようやく退院。しかし先月の検査で「怪しい影」が2つ見つかり、今月末の再検査で確定するはず…

 医師に再発しないように出来ないものかと相談したところ、抗がん剤「インターフェロン」を使えば、再発率は大幅に改善されるが副作用が強く一旦止めれば元の木阿弥となる。また、肝炎ウィルスの治療のためには保険適用になるがガン再発予防では保険の適用にならない。幸いなことに私が加入する健康保険組合は保険適用してもらえるとの言葉に早速その治療をはじめました。

 しかし何で保険が利かないのだろうと素朴な疑問を医師に尋ねてみた。「こんな高額な薬をみんなが使い出すと保険が破綻するからだ…」「多くの患者が使えばコストが下がって薬が安く出来るのではないか」との問いに「実は外国製で世界中で使われている安いインターフェロンがある。国産の3分の1くらい。しかしこれは使えない。なぜか?国産が売れなくなる。国内の製薬会社を保護しないといけないから…」

 こんなところにも国民不在、業界保護の論理があるのかと…年間に何千人と肝癌で亡くなっていると聞きます。一昨年私と同じ病室となりのベットで「同じ治療」をしていて仲良くなった40歳代後半の患者さんは(たまたま共通の知人を知っていた。)私が退院した3ヶ月後に亡くなったと聞いてもっとはやくこの薬が使えれば…もっと多くの患者にこの薬が使えればと思う次第です。

 また、このインターフェロンに替わる新薬について早期認可と治験外提供を求める運動をされている医師がいらっしゃいます。患者からの感染で自らC型肝炎となり肝癌と戦われている方です。こちらのホームページをご覧ください。

  http://www.h3.dion.ne.jp/~smiura/

 私もこの薬が一日も早く正式認可されもしそれが出来ないのなら治験外提供を受けたい一人でもあります。突然のメールで大変失礼かと思いますがぜひともご理解いただき早期認可にご助力いただければと思います。

2002年 A・Kさん

 回復


 回復、心よりお慶び申し上げます。僕の父も実はC型肝炎から肝硬変、肝癌に移行し他界致しました。この9月で丸4年になります。当時は、今のような医療環境ではなかったものの担当医のご理解によりいろいろな療法を施すことができ他の方々よりも延命できたの良かったと思っております。

 さて、医療のマニュアル書のメルクマニュアルに掲載されていて現在使うことのできない抗癌剤はゆうに200種を越えると言われております。昨年の今ごろは、100種であったと記憶しております。200万人以上といわれるC型肝炎キャリアの多くは肝癌へと移行致します。どうぞ、真の意味で国益を考えられるのであれば、メルクマニュアルに掲載されている抗癌剤くらいは、一括承認するくらいの政治判断を戴ければと思います。

 日本で研究された抗癌剤が海外で認可され、また、輸入されてくる。これは、まさしく知識や技術の流失で国益には値しないと思います。また、医薬審議会にも癌患者の代表を出席させ、医薬承認という生命にかかわる大切な審議にも出られるような環境をお作り頂ければと思います。宜しくお願い致します。

2002年5月8日 S・Sさん

 河野洋平からの返信

 私が何時、何が原因でC型肝炎ウィルスのキャリアになったかは不明です。しかし私は20年程前に血液検査の結果GOT、GPTの数値が高く、医師から肝臓に異常があるので少し静養する様にと注意された記憶があります。しかし仕事柄休養をとることは難しく、特に10年前の宮沢内閣の官房長官から村山内閣の外相在任中は、妻の病気と、私の政治活動にはじめて野党を経験した自民党の総裁という立場も加わり激務が続きました。そして参院選挙で全国遊説の途中で妻の死亡という厳しい状況となりました。当時、病院の医師は奥様のことも誠にお気の毒なことでしたが、あなたの体調も心配ですと言われました。 
 肝炎の状態は放っておけないと強力ミノファーゲンの注射をはじめたのは1995年頃だったと思います。しかし外国出張に加えて、G7の外相会議の議長を務めるなど肉体的にも精神的にもタフな毎日で、数値が改善される見通しはなかなか立ちませんでした。そして1997年にはインターフェロンによる治療も試みましたが、一度はC型のウィルスはなくなりそうだと言われましたが短期間のうちにまた元に戻ってしまいました。そして昨年外相を退任した頃から、急に疲れ、だるさ、声が出にくくなるなど体の異常が感じられる様になったのです。

 C型肝炎は、過去において実に多くの国民が感染のリスクにさらされ、運の良かった人は感染せず、運の悪かった人が感染したと言うことができると思います。しかし運の悪かった人は病に苦しみ、経済的負担にあえぎ、家族に負担をかけてきました。このような運次第で誰もが大きな困難に直面するリスクを負うかもしれない問題についてこそ、みんなで少しずつコストを負担しあって支え合うということが、社会の安定を図る上で重要であると考えます。

 ファブリノーゲン問題や予防接種の衛生面で、政府や製薬会社などの業者に過失がなかったかどうかをしっかり究明することは、同様な問題の再発を防止する上で重要なことです。この点では、司法当局やマスメディアの調査報道と並び、国会による調査も重要です。一方で、法律面での責任追及はそれとして、現に困っている人々にできるだけ早く支援の手を差し伸べることも大事であると考えます。

 たしかに「検査は無料です」というだけでは対策として十分ではありません。では、どのような支援策が適当か。これについてはいろいろな角度から検討し、各方面の意見も聞いてあるべき方向を模索したいと考えます。家西悟議員を会長に、私より一足先に政治活動を再会した河野太郎議員などが中心になってウィルス性肝炎対策の議員連盟が組織されましたので、私もそこを拠点に政策の研究に取り組みたいと考えております。  
 東京都が難病の指定を外すというのも、あれだけ次々に箱ものを作った自治体が財政の帳尻あわせに偏して優先順位を間違えてはいないか十分な検証が必要です。薬品の認可の問題とともに、患者の権利が一部の利益や不適切な行政によって侵害されることの無いよう目を光らせていきたいと思います。