夏の匂い

文/橋本貴美子
フラワーアレンジメント/芳谷里佳

 大人になり忘却の彼方においやられていた幼い頃の記憶が、出産後2年経ち何故か最近次々に脳裏に浮かびます。
 学校というものに縁遠くなって以来、経験したことのない長期の「夏休み」ですが、幼い頃は、毎年、神社の夏祭りに合わせ必ず母の実家に泊まりに行っていました。
 年齢の近い従姉弟たちとままごとをしたり、泥遊びをしたり、探検ごっこをしたり……。中でもとりわけ楽しみだったのが、お祭りの夜店で買ってもらう花火です。
 夜、お風呂から上がると、バスタオルを我先にと畳の部屋に敷き、そこに仰向けになっている従姉弟と私。祖母はそんな私達に天花粉を塗ってくれます。そして浴衣を着せてもらい、待ちに待った庭先での小さな花火大会が始まります。線香花火を落とさぬ様に競い合ったり、打ち上げ花火の点火にドキドキしたり、ねずみ花火に声を上げたり、今思い出してもとても楽しいひと時でした。
 個人の香りにおける記憶の歴史は「胎児」の時の「母親の匂い」という報告がなされているそうです。どのような方法でそれを立証しているのか、自分の記憶の戸棚を探しても見当たらず残念でなりません。やはり私の匂いの原点は、夏休みの「天花粉」と「花火」の香りなのです。
 「天花粉」は40年弱経った今もその香を保ってくれています。そして、花火を終えた後の指に残る硝煙の匂い。私にとってはむしろ香りであり、今はもう寝たきりでその日を待つのみの祖母が、大変元気だった姿をはっきりと思い起こさせてくれるのです。
 夏の海、蚊取り線香、林間学校の朝、ホームステイ先でもぎったトマト、初めてのハワイ、夏期講習のテキスト……これらの夏の香達はいつでも無邪気な頃へと連れて行ってくれます。
 匂いは思い出と密接な感覚があるに違いありません。
 今年の夏は少しだけ注意深く香や匂いを思い出の一つにしてみてはいかがですか?これはあなたの記憶にしか残りえない、かけがえのないものなのですから。

 
今月のアレンジメント

花材
ヒマワリ、リューカデンドロン、グリーントリュフ、エリンジウム、ノコギリ草、モンステラ、ニューサイラン、パプリカ(オレンジ、レッド)

ポイント
暑い夏の日にエネルギーを感じさせるのがこのアレンジメント。器を色鮮やかなパプリカで作ることでエスニックな雰囲気を出しています。花材はヒマワリを中心に活け、全体に丸みを帯びるように整えて、モンステラの葉の上に置きます。
ニューサイランの葉を編んだランチョマットは自然の緑のコントラストが美しく、メインのアレンジメントを引き立てます。
 
橋本貴美子
エッセイスト。毎日放送勤務の傍ら、料理やフラワーアレンジメントに関するエッセイを執筆中。昨年度『りぶる』で紹介した遊学中のメンフィスでの思い出とミートロールのレシピが好評。今月からスタートする本コーナーでは毎月、花をテーマにしたエッセイを連載。

芳谷里佳
フラワーコーディネーター。フランス・ピヴェルディ校にて、フラワーアーティストの研修に参加。その後オランダ、ドイツのフローリストに師事。現在はウェディング、パーティー、レストラン装花、空間装飾を手掛ける。ヨーロピアンアレンジメント教室も開設。

撮影・インプレス 鈴木雅之