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昨年の晩秋、母に癌の診断が下されました。
「私が倒れたら、皆もありがたさが分かるわよ」と、ふだんから冗談交じりに笑顔で話していた母でした。
たしかに、物心がついてからというもの、母が入院したのは弟を産んだ後に元々弱かった腎臓を痛めたときくらいでした。私ならここぞとばかりに寝込んでしまうような体調でも、弱音を吐かずに頑張る人でした。
決して強靱な体というのではありません。「家族のために、倒れるわけにはいかない」という気力だけで大抵の病原菌を遠ざけ、病を払いのけてしまう“気迫”の持ち主というだけなのです。
当初、癌がどの程度進行しているのかが分からず、家族全員が衝撃を受けました。もちろん、ショックは母が一番大きかったはずですが、日ごろは言いたいことを言い合うにぎやかな家族は、異様なほどに気を遣いあっていました。
それまで、多少の熱が出ても寝込まなかった母。そのわけが、40歳を前にしたその時に初めて分かりました。
私は高齢出産でした。何も疑うことなく、私を信じて眠る幼いわが子。その寝顔を見ていると「長生きしてあげないと……」と思わされます。私は自分ひとりのものではなくなっている。誰のためでもなく、ただこの子のために生かされているのだと、強く感じるのです。
寝込むことのなかった母……。母という存在、その心のうち、そういったものを初めて共有できた気がしたのです。
人は、その立場に立ってみなければ、本当の意味で相手の気持ちは理解できないものなのでしょう。それでよいと思います。互いの考え方、感じ方に違いがあるからこそ、人と人との関わりは興味深いものなのかもしれませんから。
幸い、母は術後順調に回復しています。今年の母の日には、いつもよりたくさんの赤いカーネーションを送ろうと思っています。
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