健康問題について

 たいへん申し訳ないことで、皆さんに説明が十分行き届かないで、自分自身で体調の不調を直すためにいろいろやったことが、皆さんにも「何やってるかわからん、最近はさっぱり顔を出さんじゃないか」ということを言われまして、それが募り募って最後は週刊誌で「死んだんじゃないか」とか、「もう危篤じゃないか」とまで書かれました。

 私は体調が不調になりまして、肝臓の治療をする必要があると診断されました。ずいぶん前から「肝臓が悪い」「お前の色の黒いのは肝臓から来ているぞ」などと言われていましたが、私は「そんなことはない。色の黒いのは親譲りです」と答えていました。河野一郎は、若い頃「牛蒡一(ゴボウイチ)」とよばれるほど色が黒かったそうですが健康でした。だから色の黒いのは不健康の証拠とは思いません。しかし以前から肝臓
に注意しなさいと言われていたことは事実です。

 したがって「気をつけてください、気をつけてください」と医者には言われていました。そうは言われても外務大臣をやっている間は一日も休めません。一週間に五日は外国の要人と食事をし、国会答弁は全部大臣がやれと言うことで、前後の打ち合わせで深夜寝る暇を見つけるのが精一杯でした。私がはじめて外務大臣になったときに宮沢さんに呼ばれて「河野さん、外務省が作る日程の半分は黙って切りなさいよ。あの通りやったら必ず外務省に殺されるから」と言われたものです。つまりそのくらいに常時相当きつい日程です。

 途中でこのままやっていては相当厳しいなと思わないこともなかったのですが、しかし日本の外交は、今いわれているようないい加減なものではなく、アメリカにも頼りにされ、ヨーロッパにも頼りにされ、中国や韓国やアジアにはもっと頼りにされるという状況ですので、一日として手を抜くわけにはいかないという実感がずっとありました。

 それ以前から肝臓という病気を持って、選挙になれば全国をまわるため、ほとんど休みをとれない状況を20年続けてきたわけですので、それはなかなか厳しかったことは事実です。そこで、肝臓を少し休ませなければいけない、のども少し休ませなければいけないということで病院に入りました。

 医者は、こういう計画で治療をすれば、こういうふうになるだろうという「河野さんの治療計画」というものを作ってくれて治療は予定通り進み、肝臓の状態は病院の治療計画通りに改善されました。したがって最近は、国会にも、団体の総会などにも出かけて、挨拶をしたり議論をしたりできるようになってきたのです。

 そもそも私は神仏を信じ、人間の寿命は神様が与えてくれたものだから、その神様からいただいた寿命の中で精一杯生きればいいと思っています。寿命がつきたらそれは運命であり、それを人為的に延ばしたり縮めたりというのは、本当はやるべきでないというのが私の思いです。
 しかしながら、家族を含め多くの協力者の提案により手術をする方向でおります。手術をすれば、グライダーではなくエンジン付きの飛行機として多少は上昇できると思います。そして体力の許す限り国の為に頑張るつもりです。