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テロへの口実は正当化出来ぬ
テロリストがテロの口実にする貧困や抑圧といった矛盾や問題が世界にあるのは事実でしょう。しかし、だからと言ってテロが正当化されるわけでないことは言うまでもありません。キッシンジャー博士の言うようにテロリストとは、単なる破壊衝動に突き動かされた異常な人々と見るべきだと思います。
ただ、貧困や戦乱の中に、多くの子どもたちを放置しておくことは、新たなテロリストの供給源を作っているようなものです。世界中の子どもたちから「絶望」を取り除くことができれば、テロ根絶に一歩近づくんではないでしょうか。
岩見 中東情勢について、熱を込めておられたイスラム世界の複雑さは、私たち日本人にはもう一つ理解しにくい。絵解きをしていただけませんか。
河野 今回のテロは「イスラム原理主義過激派」のグループによる犯行ではないかと言われています。イスラムにはあまり馴染みのない人が多いので、今回のようなことがあると「イスラムは怖い」といった先入観を持たれる恐れがありますが、中東、アフリカ、東南アジアなどを中心に世界に12億人はいると言われるイスラム教徒の大半はテロや暴力とは無縁な人々であり、多くの国が今回のテロを強く非難しています。
一方で外務大臣などを務めて欧米の政府首脳と膝を交える機会が多くなった頃、強く感じたのは世界政治の中における「イスラム」という要素の大きさでした。特に冷戦崩壊で「共産主義」という問題が後退してから、地域紛争のどちらかがイスラムがらみというものが多い。パレスチナ問題は言うに及ばず、アフガニスタンなど中東・アフリカばかりでなく、バルカンのボスニアやコソボ、ロシアのチェチェン、中国の新彊ウイグル自治区、東ティモール。皆紛争の一方はイスラム教徒でした。
それではなぜイスラムがらみの紛争が多いのか。ひとつには世界におけるイスラム教徒の分布が、世界における貧困の分布とほぼ重なり合っているということがあります。貧しく苦しい生活を送る人々に対しては「俺たちが貧しいのは、欧米中心の世界構造がイスラムを抑圧しているからだ」という扇動が一定の説得力を持ってしまうということがあります。
さらにイスラム側には、ヨーロッパが中世の暗黒時代を過ごしていた時代に、むしろギリシア・ローマ時代の科学文明の遺産を継承し、また火薬や印刷など中国の先進技術も輸入して継承してきたのは自分たちだという意識があり、イスラム圏のそのような蓄積がなければ、ルネッサンスを始めとするヨーロッパの隆盛は無かったという強い自負があります。ところが19世紀、20世紀とイスラム圏は欧米近代国家に徹底的に押しまくられ、軍事的にも敗北し、経済的には大きく水を空けられ、言わば欧米の後塵を拝するような格好になってしまったのです。
米の中東外交はイスラエル傾斜
そして今世紀はじめには、ユダヤ人たちが先祖の地である現在のイスラエルに国家を建設しようとし、当時そこに住んでいたアラブ人社会との間に立った大英帝国の関わり方が問題の一因となり、戦後は世界最強の国家となったアメリカが、国内のユダヤ人社会の影響力の大きさから、パレスチナ問題についてイスラエルに偏った態度をとってきたことがイスラム社会の「反米」ムードを煽ってきたわけです。
岩見 さて、日本の対応です。同盟国として、手を貸すのは当然だし、日本も被害国ですから。小泉首相の懸命な努力を買いますが、ただ「前のめり」のような印象がありますね。
河野 テログループを追いつめ裁きにかけること、テロ活動を封じ込め再発を防ぐこと。テロの脅威にさらされ、自国民から犠牲も出したわが国として、そのために何をするのが一番効果的かを主体的に考え実行し、国際社会にも共同行動を呼びかけるといった姿勢が大切です。
そのためには、外交努力、情報機関の連携などがまず中心テーマになるべきなのに、小泉首相は「アメリカ軍の展開と今後の行動にどう貢献するか」という点に発想が偏っています。「7項目」のうち4項目が自衛隊の話しで、2項目が経済がらみ、最後の一つが出入国管理の話しで、これでは外交軽視、自衛隊偏重と言わざる得ません。
ましてや、戦後政治が積み上げてきた議論を全く無視して「新しい事態だから、こうする」と説明抜きで決断を国民に押しつけていくとすれば、おっしゃるる通り「前のめり」の危ない姿勢と言わざるを得ません。
岩見 そんな中、宮沢さんが、集団的自衛権の行使を認めるべきだという講演をサンフランシスコでやりました。テロの5日前です。意外な感じもしましたが、「私の遺言だ」とも言っておられる。宮沢さんの心境をどう読みますか。
宮沢氏の真意は武力を行使せず
河野 宮沢さんは憲法第9条の本質は「日本は海外で武力行使せず」であると整理してこられました。今回もこれを変えるとは言っていないわけですから、いわば日本の領空・領海で、これはもうちょっと広い範囲かもしれませんが、米軍が日本を守る行動をしている時に、集団的自衛権により米軍の航空機、艦船などを第3国の攻撃から守ることは「憲法とは矛盾しない」という形を変えた護憲論だと私は見ています。もっとも、宮沢さんが最近「武器・弾薬の補給がダメでも輸送だけはぜひしたい」と言っておられるのにはちょっと違和感を感じています。兵站の確保は、攻撃力確保の最も重要な要素ですから。
日本の外交の正念場
カゲ薄い田中外相
岩見 この日本外交の正念場で、田中外相の影が薄すぎる。一種の外交危機を思わせますが、前任者として気がかりではありませんか。
河野 たいへん気がかりです。私は「7項目」は自衛隊のことに偏っているといいましたが、その分本来は外交が頑張らねばと思うのです。日本は先に述べた「欧米対イスラム」という歴史的ないきさつから自由であるばかりでなく、正倉院の御物に中東産のものが多く見られるように古代から中東地域と結びつきは強かった。種子島への鉄砲伝来も、ポルトガル人がチャーターしたイスラム圏の船だったのです。また、アジア外交でも独自の積み重ねがあることは言うまでもない。これらをフル動員して、アメリカを中心とした対テロ包囲網を強化するための外交を展開することが日本が果たすべき役割で、アメリカにも感謝される道だったはずです。
ところが田中外相は、パキスタンを訪問せよというタイムリーで当然な官邸の意向をなぜか「これは小泉と福田のワナだ」と言って拒否したというのですからお話にならない。見当はずれの猜疑心で絶好の外交機会を逃している。
外務省も中東問題の専門家たちは、総理にサウジ、イラン、エジプトとイスラム諸国会議の議長国カタールの4カ国首脳に親書を出すことを進言するなど頑張っているし、私も特使派遣を推進し、イランには外相としてイランを訪問したことのある高村元外相、サウジには私をという声もあったのですが、元総理の方が一段の重みがあるということで橋本元総理を推薦しました。
岩見 一方で株価は1万円を割り込み、経済にも火がついている。臨時国会はテロ対策だけをやっているわけにはいかないわけで、どうも小泉さん大丈夫かなと気がもめますね。
河野 ゴルバチョフ政権の新思考外交が展開された時、当時の西ドイツ政府は集中的に東方外交を展開し、ついに東ドイツを取り戻しました。同じ時期は日本にとって北方領土問題解決の最大のチャンスでしたが、外務省中枢は「ヨーロッパとアジアは情勢が違う」と動かず、中曽根・竹下両内閣はリクルート事件と消費税導入問題という当面の問題に翻弄されて絶好の機会を逃しました。
現在、世界的規模の最大の問題は「自衛隊派遣」ではなく、「世界恐慌阻止」の強力な政策推進であり、テロ事件の陰に隠れた「狂牛病対策」だということを忘れてはなりません。
岩見 今年もあと3カ月。21世紀最初の年の締めくくりはどんなことになるのでしょう。政治の出番であることは言うまでもありませんが、河野先生の気構えのようなものを聞かせて下さい。
衆知を集めて未来像を描く
河野 冷戦が終わり日米安保の関係もしっかり考え直さなければと言ってから10年あっという間に過ぎました。失われた10年と言われたバブル崩壊後の10年不況についても、いわゆる景気対策の効果についても「意味がなかった」ということばだけが一人歩きしていますが、しっかりした検証があるわけではない。
健康保険について、サラリーマン本人の負担を3割に引き上げるという提案が準備されていますが、医療についての抜本的な改革は先送りの様相で、年金や介護も含めた社会保障予算の徹底見直しについてはほとんど放置したままの現状です。
外交、安全保障、財政、経済政策、社会保障。この辺で継ぎ接ぎは止めて、衆知を集めてしっかり未来像を描き直すといった「基本に帰る」作業が求められていると考えます。
私自身も21世紀前半を担う政治家として、まさに初心に返って、これら基本問題についての頭の整理をし、次のステップに備えたいと思います。
(10月1日紙面対談)
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