箱根・小田原で久しぶりに講演

 外務大臣退任後初めて地元の支持者と河野洋平代議士が語り合う「更なる前進の会」がアジサイ咲く箱根町強羅の彫刻の森美術館で6月13日夜、また「河野洋平時局講演会」が15日夜、小田原市鬼柳の卸売会館でそれぞれ和やかに開かれました。両会場では、今後の政治活動の軸足を内政に置き、景気回復や教育問題などについて「党 内の会議で積極的に発言を続け、日本の進路を過たぬようがんばりたい」と述べ、ライフワークとして「核廃絶と軍縮」に取り組む決意を明かしました。箱根ではこれまでのしがらみを水に流し、箱根全山で河野洋平後援会の更なる拡充強化を図ることを誓い合い、小田原ではごたつく外務省の官僚と田中外相のバトルの背景を説明、テレビ報 道などで一方的に「悪者」にされ続けて来た河野代議士を心配し、悔しがっていた幹部たちをほっとさせました。

◎彫刻の森美術館
 勝 俣義満前会長は「河野会として箱根が大同団結できた。洋平先生には年に3回ぐらいは山に登ってきて欲しい。先生が来てくれれば町は元気が出る」と挨拶しました。小川会長も「恩返しをするため後援会長を引き受けた。テレビやニュースを見ていて大変な時代の大臣として活躍され、その心労たるやいかばかりかと案じてもいた。 しばし充電していただき、天の時に備えていただきたい。日本の河野、世界の河野として存分にご活躍いただきたい。われわれも河野先生のように1人1人がエリを正してバックアップするが、参院選挙が新たな後援会の試金石となるし、 箱根が一体となって、ひたすら心を一つにして勝利を 目指そう」と結びました。
 来賓の山口昇士町長、勝俣徹町議会議長も「外 務大臣を退かれ、これから箱根のことにお力を貸していただけると期待している」と祝辞を述べました。
 河野代議士は、昨年夏に中国の唐家外相を箱根に招いて日中外相会談を開いたことについて「私にとって故郷に錦を飾るうれしいイベントだった。中国外相と2人だけで温泉に入ったり、芦ノ湖を船で周遊したり、畑宿で箱根細工をのぞいたりなどもしたが、唐外相と会った時いい思い出になったと喜んでおられた」と報告しました。
 ライフワークとして取り組む軍縮と核廃絶問題については「直接投票に結びつかず、選挙のプラスにならないと政治家は避けて通るが、私は皆さまに理解してもらえるのでこの重要問題にも取り組むつもりだ」とした上で「たとえば朝鮮半島の38度線で南と北がにらみ合っているのは百万人近い働き盛りの若者。軍縮 によって半分に減らせば、それぞれが農村に帰ってジャガイモや麦などの生産に従事できて食糧不足も解消され、経済も安定する」と軍縮の重要性を説きました。

身内ばかりの講演で表情が和む
 一方、世界の2百カ国近い国の中では常に紛争が起きており、国連での外交活動によって未然に防がなければならない。そのためにも国連での発言権確保が必要になっている」とし、「外務大臣の職はそう簡単に務まるほど甘くはない」と指摘、「世界の国々と仲 良くしていくためにも、民族の歴史、宗教、文化の違いや戒律などもしっかり勉強してもらいたい」と後任大臣に注文しました。


◎小田原

 成田、飯泉、桑原、上府中の4後援会合同で開 かれた時局講演会で、河野代議士はいつものようにわかりやすく時事問題を語り、出席したお年寄りから女性たちは大きくうなずき、時にハンカチに目を当てながら聞き入っていました。
 河野代議士は正月明けにはじけた機密費詐欺事 件のほか森内閣末期の政権運営、小泉内閣誕生の きっかけとなった県連の予備選提唱などについて、身内の気安さもあってその背景にも触れて解説、特に機密費事件では就任以前のことなのに大臣として責任を取る形で歳費を6カ月分を返上してただ働き同然だったのに、相変わらず後任外相によって好ましくない形で喧伝されていることに不快感を示しつつも、「いつかわかってもらえる時が来る。また、いつになるかはわからないがもう一度勝ち負けの戦いに挑む」と決意を 語りました。