けがと椎間板ヘルニアで4場所連続休場したため3段目まで落ちてしまいました。横綱曙関を破った金星もありますが、プライドを捨て、毎場所負け越したら引退する覚悟で死にものぐるいでがんばっています。お陰様で春場所は6勝1敗、5月場所も幕下東53枚目で4勝3敗 と勝ち越すことが出来ました。
 2場所とも腰をかばいながら相手をかわして勝った内容が多かったし、これからは地 力のある力士と対戦することになりますから、いっそう稽古を積むしか道はありません。場所後も毎日リハビリとトレーニング施設に通っていて、きょう(6月8日)初めて稽古場に降りました。
 最高148kgあった体重も一時は132kgまでやせましたが、いまは140kgまで回復しました。一度に余り体重を増やすと腰に負担がかかりすぎて危ないので、しっかりと稽古を積み重ねてピーク時の 体格まで回復するよう精進します。
 実は3段目まで落ちたとき引退を覚悟しました。ところが場所後に行っている九州・島原の孤児院を慰問した折り、励ますはずの私が逆に孤児たちから励まされ、復帰を誓ってきたのです。子どもたちのためにも必ずカムバックを果たさなければならないと自分に言い聞かせています。
 若松親方(元大関朝潮)は近畿大学の大先輩、朝乃若関は同期です。先場所一横綱、3大関を破ったモンゴル出身の小結朝青龍関は後輩です。
 洋平先生には私の後援会の名誉顧問を引き受けて頂いていますし、先生に 喜んで頂くためにも、私自身のためにも一生懸命稽古して幕内復帰を果たしたいと思っています。(談)
 若松部屋の稽古は朝8時半から10時半まで外国人も含めた大勢の見学者の前で行われていました。朝乃翔関は幕内の2人との激しいぶつかり稽古で泥まみれになり、激しい息づかいから厳しさが伝わってきました。

前頭の朝乃若を押し出す
プライド捨て  朝乃翔関 30歳