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手術からほぼ一年に
政治活動は全開
河野洋平代議士が松本市の信州大学付属病院で長男の太郎代議士からの生体肝移植手術を受けてから、4月16日で1年が経過することになります。この間の回復ぶりは極めて順調で、昨秋の臨時国会から国会に復帰し、今年に入ってからは党の金融システム安定化対策本部長に就任したほか、手術後初外遊となる韓国訪問を行い、混迷した自民党の神奈川県知事候補擁立では局面打開の中心的な役割を担いました。
見違える顔色の河野代議士
河野代議士が周辺に語ったところによると肝機能に障害が見られるようになったのは新自由クラブを結成する以前、30年ほど前のことで、医師からは静養と徹底治療を勧められることがしばしばだったとのことです。
しかし新党運動、あるいは自民党総裁や外務大臣などの激職にあってままならず「C型肝炎」と診断を受けてからも、強い疲労感と戦いながら仕事を続けてきました。
参院選に敗北した村山富市総理が、副総理で自民党総裁だった河野代議士に政権を譲りたいと申し出た時に受けなかったのも、当時は直前に武子夫人を亡くしたことに打撃を受けていたためとも見られましたが、今から考えれば健康問題も無視できなかったものと思われます。
昨年、長男の太郎代議士の強い申し出による手術の成功以来、肝機能を示す数値は平均的な値よりずっと良い水準になり本来の活動のペースを取り戻しました。
演説会場などで久し振りに河野代議士の姿を見た聴衆からは「本当に顔色が良くなった」との声が漏れ、本人も「新しい肝臓と言っても中古品」「元はと言えば私の物」と軽口を叩きながらも「倅に新たな生命をもらったという気持ちです」と素直な心情を語っています。
なお昨年11月29日には初孫・一平(いっぺい)ちゃんが太郎代議士・香夫妻に誕生。河野代議士は新たな世代のために責任を果たさねばとの決意を新たにしています。
孫の一平ちゃんと見つめあう河野代議士(3月5日)
外交団の訪問続く
健康を回復した河野代議士は、政策集団大勇会(河野グループ)の森英介千葉県連会長の朝食勉強会では講師を務め、鈴木恒夫政調副会長の新年パーティー、相沢英之税調会長の資金パーティー、石川要三総務副会長の叙勲祝賀会では主賓として挨拶しました。
またイラク情勢の深刻化を受けて内外の外交関係者の訪問が引きも切らず、今年に入ってからもクリステンセン米国公使、ビルラメル英国外務次官、モンフェラン・フランス大使、カレム・エジプト大使、マジュディ・イラン大使らと政工研などでそれぞれ意見交換しました。
選挙区でも活発に
新年を迎えた河野代議士は元旦朝の宮中参賀、午後は小田原市の自宅における近隣自治体の首長・県議との新年会、さらに翌2日の箱根駅伝応援を手はじめに、小田原の魚市場、青果市場の初競り、小田原と秦野の商工会議所の新年会、南足柄市の賀詞交換会などに精力的に顔を出しました。
その後も統一地方選挙に関連する各県議らの決起大会などはもちろんのこと、税理士による河野洋平後援会(秋山栄雄会長)で講演し、茶道裏千家淡交会小田原支部の総会、母校・相洋高校の卒業式にも出席して挨拶しました。
さらに日本陸連会長として大阪国際女子マラソンの開会式や東京国際マラソンの表彰式に出席し、愛鳥百人委員会の上野不忍池でのバードウォッチングにも参加しています。
小澤良明小田原市長、鈴木智恵子鈴廣会長と箱根駅伝応援(1月2日)
メディアでも発言
『毎日新聞』は2月8日付、『東京新聞』は3月6日付でイラク問題について憲法の精神に照らし武力行使「支持」表明は慎重にすべし、という河野代議士の意見を掲載しました。
また月刊誌『経済界』2月号は政治評論家・森田実氏によるインタビューで小泉内閣の経済政策、有事立法論議などについての河野代議士の見方を掲載しています。
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