鯨岡兵輔元副議長を追悼


晩年の鯨岡代議士の温かい笑顔


 河野洋平代議士が長年親交を結び、政治的同志として、また年の離れた友人として敬慕した鯨岡兵輔・元衆院副議長が4月1日、大腸ガンにより逝去しました。87歳でした。
 4月13日、上野精養軒で開かれた「お別れ会」では元総理、元衆院議長ら多数が参列する中、河野代議士が政界を代表して「天に代わりて不義を討つ、といわんばかりの声が地球の裏側から聞こえるようなこの時期に亡くなられるのは心残りだったに違いない」とイラク戦争をめぐる情勢に触れながらお別れの挨拶をしました。 
 河野代議士は故鯨岡代議士を「侍の心を持つ下町の人情家」としてユーモアと温かみに溢れる人柄を称えた上で、時の権勢を恐れずに政治腐敗と戦い、平和の問題に真剣に取り組んだその政治家としての事績を称えました。
 河野代議士と鯨岡代議士は、故宇都宮徳馬代議士らとともに自民党ハト派の代表格とされ、佐藤栄作内閣当時から手を携えて日中国交正常化に尽力したことを始め、ロッキード事件やリクルート事件に際しても、自民党内にあって強く真相究明を主張するなど政治的軌道を一にしてきました。
 平成5年、自民党総裁に就任した河野代議士は副議長候補に鯨岡氏を擁立し、土井議長、鯨岡副議
長のコンビは国会改革の提言をまとめるとともに、政治改革法案をめぐって紛糾した国会の公正な運営に業績を上げました。
 お別れのスピーチの中で河野代議士は、党総裁だった平成7年の参院選の際に、遊説先の香川県で武子夫人が亡くなったという知らせを受け、病院に戻った際に鯨岡氏が遺体の傍らに付き添ってくれていて「明日も遊説に行くか」と問いかけ、うなずくと「後のことは心配するな。ぼくが全部やっておく」と最大の思いやりを示してくれたと涙を浮かべながら披露し、出席者に強い感銘を与えました。