女子マラソンの金メダル 
 
 過日のアテネ・オリンピックでは日本選手団の大健闘が光り、過去最高の金メダルを獲得し、日本国中が大いに盛り上がりました。多くの人々が赤い目を擦りながらの通勤となり、期間中は永田町界隈でも午前中の欠伸が目に付きました。
 半年前の3月15日(月)。日本陸連は女子マラソンのオリンピック代表を発表いたしました。2003年パリ世界陸上選手権大会銀メダルの野口みずき選手、2004年大阪国際女子マラソン優勝の坂本直子選手、2004年名古屋国際女子マラソン優勝の土佐礼子選手の3名です。
 その翌日16日の午前中から河野洋平の議員会館の電話は鳴りっぱなしになりました。その内容の多くは「何故?高橋尚子を選ばない!」「この3人じゃメダルは取れない!」「Qちゃんが一番強い」「河野さんが高橋尚子を鶴の一声で落とした」というものでした。マスコミの一部無責任な報道に激昂した方々からの苦情の電話で、TVワイドショーの時間帯に合わせて数時間に渡って鳴りっぱなしになり、その状況が三日間続きました。その対応に追われてとても仕事には手がつきませんでした。

 現地の8月 22日(日)夕刻。女子マラソンスタート。 あのラドクリフ選手が途中棄権するほどの厳しいコースで、結果は野口選手が優勝して、女子はシドニーオリンピックに続く2大会連続の金メダルを獲得し、5位・7位入賞と日本女子マラソン陣の強さと層の厚さを世界に示すことが出来ました。この結果に河野洋平会長も日本陸連の方々も安堵して、胸を撫で下ろしたものです。
 翌日からお祝いと慰労の電話が鳴りっぱなしになると思われましたが、不思議なもので、2本しかありませんでした。9月のベルリンマラソンでは渋井陽子選手が高橋尚子選手の持つ日本記録を更新しました。今後も日本女子マラソン陣の活躍から目が放せません。

(東京 麓 直樹)