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私と河野代議士との関係は、徳川時代に同じ家が二つに分かれて、代議士のところはお宮さんの前、私の所はお寺の前ということになったんでしょう。
豊川村が小田原に合併するときに、小田原市の方から飯泉の観音さんとか、代議士の家の猪駒権現(頼朝公愛馬の轡と言われる)など文化財の検分に来たときも私が立ち会いました。
昭和59年から平成7年まで区画整理に取り組み、平成8年に理事長として全国表彰されました。少しは成田のお役に立てたのではないかと思っています。
河野代議士の方は先代の磯貝さんなどの先輩の後、高齢で退くまで後援会長を務めました。
我々は一郎先生からですが、洋平代議士も早稲田の同窓で、気概があり、演説もうまく何も言うことはありませんでした。
ただ、若年、少壮というところを老齢の立場で支えていこうということでやってきたわけです。(談)
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