歴戦の勇者歴戦の勇者 

 旧5区の愛川町中津地区後援会の会長を長く務められた井上包雄さんは、先の大戦に海軍の水兵として参陣、乗艦が2度撃沈される経験をしておられました。
 最初はミッドウェー海戦での空母赤城。次いでフィリピンのシブヤン海で連合艦隊旗艦だった戦艦武蔵。いずれも九死に一生を得ましたが、次に乗艦を命じられていた空母信濃も乗り組む前に沈められています。
 そのような経験もあってか、あるいは生まれつきの性格か、井上さんの後援会活動の進め方は極めて慎重かつ手堅いもので、小さなことでも関係者への根回し、また事務所との打ち合わせをゆるがせにされませんでした。
 艦内では士官たちの世話をする役回りだったそうで、赤城では飛行隊長で「トラ・トラ・トラ」を打電した淵田美津雄中佐に頼まれてお茶を出したり、武蔵では戦死して遺骨になって帰ってきた山本五十六司令長官の白木の箱を甲板で迎えたといった思い出も語られました。

 真珠湾攻撃の際には「夏と冬の両方の支度をして乗り組めと言われただけで、行き先はわかりませんでした。ミッドウェーの時は、やはり秘密のはずだったけれども、私でも行き先を知っていました。その辺からゆるみがあったように思います」と静かな口調で語られる回顧談が印象に残ります。
 その井上さんも昨年12月天寿を全うされ、河野議長は「戦争の体験を話してくれる先輩が少なくなった」と語りつつ、同志たちの平和への願いを政治に反映させる努力を続けなければとの思いを強くしています。(T)